暗闇になった話

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子供の頃はオバケがこわかった
幽霊の話やお寺で見た地獄の絵
自分の知らない誰かが
「あるよ」と言っているものは
なんだか不安にさせるものとして
しっかりインプットされていたので
夜中にトイレに行くのは勇気が要った
木の階段をきしませないよう
慎重に降りていく時
暗闇に何か潜んでいるというのは
もはや確信であり見ないようにしていた

ある冬の夜に目が覚めた時
やはりおしっこがしたくなり
一階のトイレに向かった
冬におねしょをすると凍えるほど冷たい
どんなに楽しく気持ちの良い夢を見ても
叫びたくなるような寝起きになる
トイレのドアは玄関の真向かいだった
北国なので玄関は二重になっている
外側の玄関で雪を払って、内側の玄関に入る
夜は内側のドアも閉めて外は見えないのだが
その日は飲んで帰ってきた父が閉め忘れたのか
ガラス戸越しに外が見えた

オバケの恐怖心から鋭くなった皮膚と耳の感覚が
完全に外からの気配を感じていた
「ああ、なんかいる!」足と尿意が止まる
視界の右端には街燈の光が射す玄関が見える
想像の中ではこちらを見ているなんかの影が
外玄関と内玄関の間に伸びている
しばらく固まっていたが気配は止まない
「あーいるわこれ。もういいや」
ふわふわと雪が降っていた

除雪車が歩道に積み上げた雪の山
昼間にかいて作った庭の道の上に
また雪が降ってきているのだった
もさもさと視界を埋めるような雪だと
おもしろかったりこわかったりするが
その時降っていたのは間隔のまばらな雪だった
風はなくしんしんととめどなく
真っ黒な夜に落ち続ける雪を
そこここの街燈がぼんやりと照らしていた

しばらくその光景を眺めて
トイレでおしっこをした
トイレの明かりをつけたこと
水を流す音が出てしまうことが
申し訳ないような気分になって
トイレから出たあと、しばらくまた外を見た
雪が降る音は気配としてわかるんだと思い
玄関に切り取られて見えない外側に
降り積もる風景を想像した
自分が全然こわがってないことについて
階段をそっと昇りながら考え
自分も暗闇の一部になったからだと思った
幽霊やオバケと肩を並べてみると、
案外心安らぐ場所じゃないか
暗闇が親しくなって、こわくなくなった
地獄の問題はまた今度考えよう
ぐっすりと寝られた

翌朝起きるとおねしょをしていて
ちくしょう、なんでだよ!と思ったが
寒いのでさっさとパジャマを脱いで
布団を剥がし濡れているものを洗濯機に入れ
暖かいシャワーで股間を洗った
なんだかもう仕方ないのだと思った