わさび


猫が顔を洗うところを見ると、もうだめだ。魂抜かれたようになってずっと延々眺めてしまう。脳に快楽物質が出ているのがわかる。まさに忘我の悦楽状態なのである。でも何故そうなるのかはわからない。

自分が忘れたくない事って何だろうと考えてみたら、忘れられない事を自分が怖れているような気がした。
忘れられない状態より、忘れられない対象にそこはかとない恐怖を感じる。ある一点に自分の一部が捕らえられ、繋ぎ止められてしまうのが怖いのだろうか。自分が忘れたくない事は、自分が忘れられるという事実であると言える。

終わりの無い人生を想像すると耐え難い苦痛があるように、喜びも悲しみも、信頼も不信も、いずれ消えるから受け入れられるのだと思う。逆に言えば、自分の事も他人の記憶に残したくない。例外は作品や作り手知らずの器という形で、もし残り得るものなら残っていいと思う。