南無


あろう事かまたひとり酒を飲み、ぽつぽつとtwitterに吐き出した。三十三間堂プロジェクト400人達成をお祝いさせてもらい、TETTAさんと新宿で朝まで飲んだ。夏フェスへの熱い思いなども聞けて楽しかった。2丁目のお店にあった衣装が入って嬉しかった。

(以下、妄言 括弧内は注釈)
自分は今年で30になるが、未だに考える事は支離滅裂で、何歳になってもそれは変えられそうにない。(思う事あり、現在食事制限をしている為)昨日より今日、今日より明日と痩せていく。それでも限界はあり、その原因は一生分でも耳かき一杯以下のホルモンの為であったりする(意味深)。
自分の体ですら自分の意思では制御出来ない仕組みで動いている。いっそ人犬のように迷いを捨てて生きられたら、その方が幸せなのではないか(それは不可能だとは思うが)。
幸せとは快楽物質と共に与えられるご褒美のようなものでもあり、自分を知れば知るほど自分で作り出す事も出来るもの。
自分が生まれて死ぬ/死んだという事を自分で知っていれば、その事は誰にも変えられないという意味不明な自信を持つ事すら出来る(自信と言っていいかわからないが)。
自分は毎日何かしら準備をしている。何の為かといえば、他人に見てもらい、触れてもらう為だ。なぜそれが目的なのかと言われたら、それが自分が人として生きる事だからとしか言いようがない。(すなわち他人と交わる事なのだろう)
(他人と交わる事で)自分で決めた幸せを超える事が起こる可能性を期待して、準備をしているのだと思う。どうせ(この世について)訳がわからない(完全に理解などできない)のなら、発見を喜びとして、驚きを求めるだけで幸せに生きていけると思う。終わり
(妄言おわり)
自分言い過ぎ