団子を食べる

実はわが父「準」は今年で還暦である。
誕生日は9月なのだが誕生日を勘違いしていて
お祝いを贈るのが遅れてしまった。
とりあえず鯛の形をした石鹸を送る事にする。
稼いでないのがもろバレである。
遅れたのをいい事に今年中に何かお祝いをしたいと
思い60年物の古酒など探してみてはいるが
そう簡単にみつからないですな。
親不孝というかダメなやつである。


Stoutの大家さんに帝釈天で買ったお団子を頂く。

葛飾柴又「高木屋老舗」
寅さんの永久予約席があるお店の草団子。
歯応え、香りが違う。餡子も含めたその味の総体は
長い月日をかけて角が取れ、いい塩梅に完成しているような。
最初から美味しかったのかもしれないけど。
お団子、おいしかったです。
ご馳走様でした。


そろそろ来月のイベントの準備に本腰を入れねばならないのだが
帰ってだらだらして気が付くと12時を過ぎている。
自分は何か作る時には「切ない」気分が必要なようで(自分でもよくわからない)
一人であれこれと意味の無い事をするのが通例である。
仕事ならさっさと取り掛かれるのになあ。
自分にとって仕事でも趣味でもない創作には
何故だか一晩で作り上げるようなひらめきと集中が必要なのである。
「もーどうしようもないっ!」と叫びたくなるようなモーレツな切なさが必要なのである。(その辺り「肉薄してくるぞ 飛び移れるぞ!」の気分に近いと思う)
つまりアマチュアなのだが、そんな自分を幸せだなあと思う。
翌日か翌々日が休みの時は心置きなく延々と「気分の彷徨」を続けている。
しかし、今年中に父・準とうまい酒を飲まねばならない。
祝いだ。親父には悪いが祝いにかこつけさせてもらおう。
よっしゃよっしゃ。