七日目

『ほととぎす兄弟』のDVDを作ったら、もう少し編集がしたくなった。過去に撮ったテープを引っ張り出し、ラベルの付いていないテープを見直す。訳あってダビングした寺嶋真理さんの作品や、友達と酒を飲みながら語っているだけの映像などがあってつい見入ってしまう。
『出奔』の上映会で観てもらったある作品がある。納得できるのは一部分だけなのだが、そこだけで17分位ある。そこで区切って、短編として作り直すべきだと様々な人に言われたのでそれを取り込んで、ちょっとだけ編集する事にした。
8年位前に撮ったものだが、確かテープの内容を書いた紙があった筈。探していると、高校生の頃に書いた絵本のストーリーが出てきた。当時付き合っていた彼女に夜中の電話で聞かせようと書いたものだ。大事に取ってあるのは彼女の為ではなく、将来使えるかもと目論んでいたからだ。未完だが、載せてみる。誰か奇特な方が絵本にしようと言ってくれるかも知れないし。

『小さな小さな男の子の話』

 いつの事だかわかりませんが、ある所に、小さな小さな男の子が住んでいました。どれくらい小さいかというと、隣に住む女の子よりも小さいのでした。女の子がいつも抱いている子犬よりも小さいのでした。その小さな小さな男の子は、大きくなりたいなと、毎日ぼんやり考えているのでした。
 ある日、小さな小さな男の子の家に とても年をとったゾウガメがやってきました。男の子は、そのゾウガメの顔くらいシワの多い顔を見たことがなかったし、その小さな目くらいやさしい目も見たことがありませんでした。
「こんにちはゾウガメさん。何か御用ですか。」
「ああ、こんにちは。ワシは散歩しているのだが、むしょうにノドがかわいてね。水を一杯いただけるかな。」
「ええ、もちろん。」
男の子の家には深い深い井戸があったので、男の子は井戸の底から水をくんで、ゾウガメにあげました。
「おお、これは冷たくて大変気持ちの良い水だね。長い間散歩しているが、こんな水は滅多にないよ。」
「そんなに長い間散歩をしているのですか。」
「ああ。ワシは散歩が好きなのでね。ゆっくりゆっくり散歩をしていると、いろんなものが見えるよ。いろんな顔も見える。うれしい顔、悲しい顔、恋をしている顔。君はなにやら悩んでいる顔をしているよ。」
「はい。僕もっと大きくなりたいんです。」
「そうか。願い事があるのだね。それじゃあ森に行くといい。一人で森に行って、その森で一番年をとった木に願い事を言ってごらん。きっと叶えてくれるはずだ。」
「でもこの辺に森はありませんよ。あったとしても、僕はとても小さいから、一人では行けそうにありません。」
「心配は無用だ。森はどこにでもあるものなのだよ。遠いと思えば遠くにあるし、近いと思えば近くにある。森とはそういうものなのだよ。」
そう言ってゾウガメは歩いていきました。
 その夜、男の子は夢を見ました。庭にある井戸の中を、下に下におりてゆく夢でした。井戸は深く、真っ黒でした。
「本当に深い井戸だなあ。あれ、底が見えるぞ。」
井戸の底には水がなく、ぼんやりと光っていました。そこは森の入口でした。
「わあ、僕の夢の中の井戸の底に、こんな森があったなんて」男の子はうれしそうに言いました。
森の中に入っていくと、見たこともない蝶が飛び、なつかしい香りのする草や木や花がたくさん生えていました。森は深く、巨大なようでした。ひらひらと飛ぶ蝶の間に、昼間のゾウガメがいました。
「こんばんは。ゾウガメさん。」
「やあ。君の森は豊かだね。ワシはすっかり気に入ったよ」ゾウガメはうれしそうに体をゆらしていました。
 森の奥のほうにずんずん進んでいくと、急に目の前が開けました。そこは、とてつもなく広い空間で、男の子の隣に住む女の子の家を1000個入れても、まだ入りそうでした。その空間のまんなかに、またとてつもない大きさの木が生えていました。上を見ると、空間の屋根はみんなその木の葉でした。男の子は言いました。
「こんばんは。今日は願い事を言いにきました。僕はもっと大きくなりたいのです。」
木は言いました。
「なぜ小さいままではいけないのかね。君は小さいことの意味を考えたことがあるのかね?」
「例えば、君の家にはタンポポがいっぱい生えているね。その蜜を吸いに、ハチが毎日やってくるね。彼らは蜜を吸いながら、君と話をするのが大好きなんだ。君の話してくれた物語を、女王バチも楽しみにしているんだよ。」
「それから、君のところには怪物もやってくるだろう。大きくて不気味な姿の怪物はみんなから嫌われていても、君から見たらただの壁だ。君にはちっともこわくないから、怪物とも話をしているね。彼にはそれがうれしくてたまらないんだよ。」
男の子はすぐに言いました。
「なぜそれが小さいことの意味なのか僕にはわかりません。僕は大きくなりたいんです。」
「しかたがない。君を大きくしてあげよう。」

ちなみにタンポポの蜜を吸うのは蜂ではなく蝶である。ここまで書いた高校生の僕は、その後の展開を書くのが億劫になり、彼女に電話して話して聞かせたのだった。確か普通の大きさになった男の子は、最初は喜んでいたものの、蜜蜂の話もブンブンとしか聞こえなくなり、怪物の全体像を見て怖くなり怪物を傷つけてしまい後悔する。また元の小さな小さな男の子に戻してもらう。といった展開だったと思う。でも一度知ってしまった怪物の怖さは、元の大きさになっても変わらない筈だ。その経験を乗り越えて、男の子が成長する話にするべきじゃないかと思う。

しかしまあ、色々な映画やアニメや本の影響がうかがえるなあ。「夢」に特別なものを求める傾向は、この頃から有ったようである。