おとろしい


朝から蒸し暑く、だるい。雨はなかなか降ってこなかった。零れ落ちる寸前の寸止め感が気持ち悪い。朝飯前にフクちゃんの散歩したらもう、アカン。ひたすらだるくて床を這い回る。一日断食したくらいでこれとは。見えないところはもうダメになっている感じがした。

(via d20580011)
昼過ぎからようやく雨が降りだしたので、散歩に出たら少しさっぱりした。家に戻り根元敬の『人生解毒波止場』を読む。自分に正直に生きている人達は信じられる気になる。村崎百郎のいう事など全く共感してしまう。まあ、ゴミをやる事はないけれど。「日常生活を何とか運だけで普通に送ってる吉外」ブログの名前、吉祥寺吉外にしようかと思う。
あるゴミ屋敷に住む老婆は自分の人生を清算する為に他人のゴミを集めている。自分にしかわからない大切なものを探しているというのだが、根元は{正しくは当の本人にもよくわからないのであろう。故に、この老婆のやっていることは(略)「無限の大事業」の領域に入っているといえるのだ}と述べ、老婆に畏敬の念と応援の気持ちを持つ。
どんなにオカシイと思えても、その人のシステムがそうなっているのだから、それを変える事はできない。とか思いつつ、自分もこの老婆と同じ事をしている気がして暗澹となる。このブログもそうなのかもしれない。読書を中断し、何故か魔女の宅急便を観る。このバランス…

これはちと使ってみたい

ようやく入金が有った。前日にワンコイン演劇やれないかなと思ったのでちょっと考えてみた。場所代、人件費、制作費がかかる。神社の境内で芝居をやる夜行館、カフェ・居酒屋公演企画Mama-チャリカルキホナちゃんのくせになるダンス(芝居じゃないが)など、自分の周りですら色々とやられている。そもそも芝居自体は身体が有ればどこでもやれる。人間観察なんて無料の芝居を観ているようなものだ。
価値の有る即興など出来ない自分がやるとしたら筋のある演劇かパフォーマンスなのだろうが、そこに客が居て金を払うかは内容次第である。自分は中身よりも状態を楽しむ方だけど、それでも一定時間拘束されて「意見の押し付け」「誤魔化そうとする演出」などされるとやっぱり腹が立つ。
前川さんは「稽古場が一番面白い」と言い、稽古場を見せる。自分がやるならどうだろう。場所とそこに有る物から大体の筋を作る、面白いと思う状態を集めて、物語は客に委ねてしまう気がする。そうして音楽や照明、美術も一人でやる。そしたら500円でやれるかもしれないが、それで現実を超えられる気は全くしない。天才じゃないんだから。入金は支払いに消えていった。


カラックスがPola Xの制作資金集めに作った短編映画だって

(今日のtwitter

@yestarina2 無理が出て初めて「どうりで!」と飲み込むのが真の道理だろうと。less than a minute ago via Echofon Favorite Retweet Reply

さすがである

夜、吉祥寺の友達からお洋服をもらった。ちょうど実家に帰っていたとの事で、妹さんの服などたくさん。着まわしもしやすそうだし、想像以上の量で感激。更にそのまま家呑みとなり、大変楽しく過ごさせて頂いたのだがそれは明日のブログに書く。