休日

親父の納骨の帰りに預かった、自家ワクチンの残りがある。親父の尿から作られたやつで、親父にしか効かない代物であり、数十万円もするもので、廃棄の際は作ったところに持ち込まないといけないのである。うさんくさいこと、この上ない。

過日、休みの日にワクチンをバックに入れて出かけた。結構重いので存在感がある。自転車で駅まで行く途中、おいしいラーメン屋がある事を思い出した。親父好きだと思うんだよね(昼時で腹が減っていた)どうかな。「いいよ、寄っても」
「売れるラーメンはどっかいき過ぎてないとダメだからなあ」と親父は言っていた。その店のラーメンはヒステリックだったり極端だったりする事もなく、味に深みがあり、近隣住民にも愛されていた。お昼の時間がちょうど終わるところで、券売機の前に立つと暖簾が外された。座敷には小さな子どもたちを連れたファミリーがいて、相変わらず盛況だった。カウンターのイスにかけたバックが子供にぶつからないように気になった。

親父は教職を辞してラーメン屋をやってうまくいかず、胃がんがひどくなっていった。ラーメン屋をやった事について、いろんな気持ちがあったと思う。頼んだつけ麺は美味しかったのだが、ラーメン屋、やってみてどうだった?と親父に話してるつもりになり、親父は無言であった。さて、いきますか。
親父のワクチンを膝に載せ、電車に揺られる。いい天気だったのでまぶしかった。昨年の9月、死ぬ前の親父が東京にワクチンを作りに来た。体の状態が不明だったのでノープランだったのだが、映画も見たし浅草寺にも行ったしスカイツリーにも上った。「東京は人が住むところじゃねえ」とは親父の言だが、疲れたという親父と乗ったタクシーでも日差しが眩しく、おしゃべりになったのを覚えている。先日帯状疱疹になってから、歩くのが遅くなった。手首には先日死にかけた祖母からもらったガラス玉の数珠をはめ、雪駄履きでゆっくり歩いていると、都心の駅では不思議に思われるようだ。

あー、あそこね。初めて建築現場の日雇い入ったビルなんだよね。ガラスがくそ重くて、体が小さいって実感したなあ。前は親父と地下鉄で向かったけど、今日は四谷から目的地まで歩いた。キリスト教系の大学があり、近くのグラウンドでは大学生たちが声を上げている。仕事終わりに土手に上がって、どうしようもない気分になったなあ。「お前、ラグビーはどうだったんだよ」うんぬんかんぬん。道を間違えて池を見下ろした。東京の池だよねえ。「早くいけよ」
いかにも東京な感じのオープンカフェがあった。在住の外国人客も多く、お金持ちも多いみたい。ちょっと、寄ってやろうか。そんで一番高い酒頼むの、田舎者丸出しで。「それで100万とか言われたらどうするんだよ」バカにしてるねえ。まあ、気分次第で分割でもいいので頼む!って違うモードにいくか、じゃあ二番目は?て訊くかな。どっちにしろ笑うだろうねえ。「おめえも大したことねえなあ」はっはっは

ワクチンを作ってるところは閉まっていた。あれ、今日休みだったわー「お前は、いつもそうだ。なんで事前に確認しないんだよ。計画的にいけよ」うん、ごめんね。そういえばもっと前に親父が東京遊びに来た時も、府中じゃなくて大井競馬場まで行ったなあ。ディズニーシーに連れてった時も土日で3時間待たせたりしたんだった。ボート屋を横目に歩いて坂を上った。気負っていたせいか、どこかホッとした。でもさあ、いつか好きな人ができたら、天気のいい日にボート乗りたいなと思ったよ。親父もまた来ようよ。親父は黙ってしまった。


それからまだワクチンは部屋にある。最近夢にやたらと親父が出てくるので、早く返さなきゃなあと思う。