可能性
ある晴れた休みの日、妻と電車で柴又に出かけた
家ではテレビ代わりにNetflixを流していることが多く
最近は「寅さん」全48話を、BGMのように流していた
平日の午後の柴又は、記念館が休みということもあり
人出も丁度よくのんびり歩けた
帝釈天前の参道には団子や佃煮、仏具を売る店が並び
上野や浅草に比べると、清潔で古びた味わいがあった
車いすにビデオカメラを構えて
舞子さんを撮ろうとしている一団をやり過ごし
はじめて帝釈天を参拝した
帝釈堂の手前の水場では近所のおじいさんが
長いあいだ手を合わせていたり
お堂では平身低頭してご祈祷を受けている人もいた
庭園を館から眺めて妻と写真を撮ったりしてから
日蓮宗の教義にまつわる彫刻を観ていると
また別のお経の合間に赤子の鳴き声が聞こえて
「私達にしか聞こえてなかったら怖いね」とひそひそ言いあった
江戸川の矢切の渡しに出向き、ひとしきり歩いた
渡しはお休みだったけど、とても気持ちのよい場所だった
前日の台風の影響か、大量のみみずが地面で干からびていた
大雨が降ると、溺れるのを避けて地上に出てくるのだ
説明してくれた妻は、生きているみみずを目ざとくみつけた
草の茎で道の端まで運んだ
学校帰りの中学生とすれ違いながら
5時には店が閉まる参道を通って駅の方へ戻った
駄菓子屋でなつかしいお菓子やブロマイド
10円で遊べるゲームなどした
途中「開運肌着」なる女性用下着が洋品店の店先にあり
真っ赤なウルトラマンのようなデザインが目を引いた
「笑われたら本気で怒るから買わない」と妻が笑った
柴又駅前には寅さん、さくらさんの象とは別に
おりつちゃんを慰霊するお地蔵様がある
昭和初期、口減らしの為かよその家にやられたものの
また出戻ってきた5歳の律子ちゃんは、実父に殺され
家の床下に埋められたのだった
「何でそのような事が起こるんだろう」と手を合わせた後話した
その時妻は「すーちゃんと一緒に入って、出てくるかな」と
そんな風な事を言い、お腹をさすった
我が家には「たくあん」という名前のぬいぐるみを始め
たくさんの「かわいいひとたち」がいる
家に帰るとおかえりーと言うし、一緒にご飯も食べる
(便宜上、夫婦が口にした物は彼らも食べたことになる)
元々はクッションのつもりで買ってきたものだったり
プレゼントとして贈られたものだったりする彼らは
生物ではないが、我々を介して生きている
この世に絶対なんかないという言葉はよく聞くが
この世は何でも起こり得るという事は、
普段あまり自覚していないような気がする
世界は再現性のある科学的事実だけではできていない
うちの「かわいいひとたち」が生きているという事は
我々にとっては事実なのだった
命は、命が与えるものだと思う
彼女が教えてくれた事は多い
ともあれ、いい休みだった
柴又にいつか住めたらいいな