僕が誰かの場所になっている事に気付いた話

僕らは犬と猫を飼っている
といっても僕の頭の中にいて
彼女が呼び出すものである


犬の名は「きなこ」
ラブラドールのような大型犬で
周囲を怖がらせようと狂暴に振る舞うが
いつも「ラブ、ラブ」と吠えている
好物はパン


猫の名は「うめぼし」
周囲の反応にはけしてリアクションしない
こちらも太った猫で、常に気ままである
好物は煮干しで、目を合わせず食う


どちらも彼女といる時に
ふざけて猫や犬の真似をしたものを
彼女が気に入ったものである
折に触れて彼女が呼び出すものだから
キャラクターができてきて
見た目もだんだんとしっかりしてきた
もちろん、二人にしか見えない


そういう遊びを、彼女は子供の頃によくしたという
僕はひたすら唾をためるとか、その場でくるくる回って寝るというような
バカな遊びしかしてなかったので、ごっこ遊びは新鮮であった
思えば学芸会の演劇も、自分のままでやっていた


きなこもうめぼしも、僕だけども僕ではない
友達のような感覚が強い
しかも自分よりも自由に思える


うちにいる「かわいい人たち」は
二人の間で生きているものである
二人の「おうち」に住んでいて、
こちらは実体がある家族である

待受のたくあん


既に他界した父は、たまに夢の中に出てくる
こないだは大晦日の晩に酔っぱらっていた
これも僕だけど僕ではないし、父でもないけど
僕の中にいる父である


生きてる人たちも、自分の中にイメージとしてある事に気付く
もちろん当人とは違うのだが、
会う時はまず自分の中にあるイメージのその人に
話しかけているようである


この話は例のごとく結論も何もないので
やめておくが僕が初対面の人が好きなのは
このイメージが生まれる前だからかもしれない


役者をやってみて、この辺のことに意識的になった
彼女は地でこれを30年近くやってきているのですごい


そんな彼女は最近「おうち」がお気に入りである
彼女と抱き合う時(セックスとかではなく)
お互いの場所になっていると思った
一度そう思うと口にもするし
話すと抱き合ってなくても
互いの心の中にいるんだという確認もできた
なんだかホッとした



2018年2月24日(土)〜ポレポレ東中野 ロードショー公開 『息衝く』予告編
同郷の文洋さんの新作がいよいよ公開になった
実は僕はこの映画のオーディションを受けている
前日に知人宅で朝まで酒を飲み
酔ったまま自転車で会場に向かったが迷い
あげくどこかの神社の境内で眠ってしまい
大幅に遅刻したのに見てくれたのだった
僕は素人以下であった
役者をやめる前に、最後に今の自分を残してくれないかと
そういう気持ちが無意識にあった
それなのに酔っぱらってしまったのは
これも我の理解の懇願に過ぎないとわかっていたのか
ただのうっかりだろう
当然、使われることはなかった


そんな事はどうでもよくて
僕が生で出会って唯一といっていい
存在感の化け物であり「好き」の求道者である
首くくり栲象さんが出演しているのだ
このブログでも何回か書いている
これはすごい